K・Kニュース vol.10(2006年6月号)


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上気道粘膜免疫とアレルギー
−その接点と今後の展開−

鹿児島大学大学院医歯学総合研究科

黒 野 祐 一

聴覚頭頸部疾患学教授

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はじめに

 鼻や咽頭は、吸気や食物と一緒に様々な微生物や抗原が進入するため、中耳炎や扁桃炎などの上気道感染症、そしてアレルギー性炎症のターゲットとなる。これら異物の侵入を阻止するために、上気道には分泌型IgAを中心とする粘膜免疫が備わっているが、その役割はあまり重要視されていなかった。
しかし、最近、経鼻ワクチンによる感染症予防、経鼻あるいは舌下減感作療法によるアレルギー治療が注目され、上気道の粘膜免疫に関心が寄せられている。そこで、上気道における粘膜免疫の誘導機序を概説し、アレルギー性鼻炎との関連性についてまとめてみたい。

粘膜免疫の役割

 上気道粘膜面は無菌ではなく、様々な細菌やウイルスなどの病原微生物が絶え間なく侵入を繰り返している。生体はその侵入を阻止すべく、これらの病原微生物を排除、もしくは常在菌としてこれらと共存するシステムを有しており、これが分泌型IgAによる生体防御反応である。
一方、ダニ抗原や花粉など生体に無害な抗原は、消化管における食物抗原と同じく、容易に生体内へ取り込まれる。しかし、免疫寛容が働き、これらのアレルゲンに対する免疫応答が抑制される。(図1
したがって、病原微生物に対するIgA系免疫応答の障害によって上気道感染症が発症し、アレルゲンに対する上気道粘膜免疫応答の破綻がI型アレルギーをもたらすと理解できる。

上気道における粘膜免疫の誘導機序

 分泌型IgAを主役とする粘膜免疫は、誘導組織と実効組織、そして両者を結ぶ粘膜免疫循環帰巣経路(CMIS)によって構成される。
上気道における誘導組織は鼻咽腔関連リンパ組織(NALT)と呼ばれ、消化管関連リンパ組織(GALT)とは異なる発生様式を示す。たとえば、GALTそして抹消リンパ節などのリンパ組織の形成にはLymphotoxin (LT)やNF-KB inducing kinase (NIK)等の分子が必須であり、これらの分子を持たないLTαノックアウトマウスやAly/alyマウスではGALTや末梢リンパ節が欠損する。しかし、これらのマウスにおいてもNALTだけは形成される。
ところが、最近、NALTを含めて全ての二次リンパ組織が欠損するId2という転写制御因子が欠損したノックアウトマウスが開発された。このマウスに正常胎仔肝細胞から分離されたCD3-CD4+CD45+細胞を移入すると軽微ではあるもののNALTの形成が認められる。

 したがって、NALTの形成にはId2転写制御因子とCD3-CD4+CD45+細胞、さらにその分化に関わる未知の分子が関与すると推測される。

 分泌型IgA抗体の誘導に必須となるTh2型優位の免疫応答は、I型アレルギー反応の主役となるIgE抗体の産生も促す。しかし、IgA応答とIgE応答の誘導は必ずしも相関しない。
最近、NALTの形成に必須である前述のId2がIgE抗体のクラススイッチを抑制すること、そしてこのId2が粘膜面に豊富なTGFβ1によって誘導されることが報告された。事実、Id2ノックアウトマウスは野生型マウスと比較して血清IgE値が有意に高い。また、TGFβ1はIgAクラススイッチを促進するサイトカインとしても知られている。

 したがって、IgE抗体と分泌型IgA抗体はともにTh2型のサイトカインによって誘導されるが、粘膜に存在するTGFβ1がこれらのクラススイッチを相反的に制御し、両者のバランスを取っていると考えられる。

 これらの所見からも、粘膜免疫とアレルギーの深い関連性が示唆される。

上気道における粘膜免疫寛容

 抗原を経鼻あるいは経口的に投与すると、IgA系の粘膜免疫応答は維持されつつ、全身免疫応答が抑制され、免疫寛容が誘導される。
この機序については経口免疫の実験系において多くの研究がなされ、経口的に高濃度の抗原が投与されると抗原特異的T細胞の消去(Clonal deletion)や免疫不応答(Clonal anergy)が誘導され、低濃度の抗原投与ではT細胞に対して抑制効果を有する制御性T細胞が働く(Active suppression)と理解されている。(図2

 経鼻免疫においても同様な免疫寛容誘導機序が想定されている。たとえば、マウスの実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)モデルにmyelin basic protein (MBP)をあらかじめ大量投与すると、NALTでMBP特異的ヘルパーT細胞のClonal deletioinやClonal anergyが生じ、少量経鼻投与ではActive suppressionによってEAEの発症が抑制される。

 したがって、上気道の粘膜免疫を介して免疫寛容を誘導することが可能であり、これを応用することで様々なアレルギー疾患を予防そして治療できると期待される。

上気道粘膜免疫のアレルギー治療への応用

 アレルギー性鼻炎に対する免疫療法として現在行われている経皮的減感作療法は、アレルギー病態を治癒させることができる唯一の手段である。しかし、その作用機序が未だ明確でなく、アナフィラキシーなどの副反応の発生や注射投与のため長期間の通院が必要であることなどの理由により、限られた施設でしか実施されていないのが現状である。
そこで、上気道粘膜免疫応答を応用した、経鼻あるいは舌下免疫療法の研究が進められている。

 経鼻免疫療法の有効性については、すでに花粉症患者を対象とした二重盲検試験が行われ、nasal symptomおよびmedication scoreの有意な改善が得られている。しかし、経鼻免疫療法はアレルギー性鼻炎には有効であっても喘息には無効であり、抗原によってはかえって鼻炎が誘発されることや、投与方法が難しいなどの欠点も指摘されている。

 そこで、現在、投与方法が経鼻免疫よりも簡便な舌下免疫療法に関する臨床研究が進められている。海外ではすでにイネ科やシラカバ花粉、ダニなど様々なアレルゲンを用いた二重盲検試験が行われ、アレルギー性鼻炎のみならず喘息に対してもすぐれた成績が報告されている。
本邦でも、スギ花粉抗原エキスを用いた舌下免疫療法の臨床試験が実施され、symptom score、medication score 、そしてQOL scoreのいずれも薬物療法群と比較して効果が高いことが報告されている。

 これら免疫療法の作用機序として免疫寛容の誘導が推測されているが、未だその科学的根拠は皆無に等しい。今後、新たな免疫療法を確立するためにも、上気道粘膜免疫の誘導機序やその制御機構に関する基礎的研究のさらなる展開が望まれる。

  


 

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