K・Kニュース vol.14(2009年2月号)
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アレルギーの心身相関
久保 千春
九州大学病院長、日本アレルギー協会九州支部副支部長
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新年明けましておめでとうございます。2009年が始まりました。
国際情勢は、一昨年(2007年)夏頃からサブプライムローン問題により金融不安が高まり、昨年10月に世界中に広がり、株安やドル安にはじまり、世界同時不況になりました。
国内では、日本も昨年9月より福田政権から麻生政権に変わりました。社会経済情勢は益々厳しい状況です。失業、格差社会はますます大きくなっています。自殺者は10年連続3万人以上です。行財政改革の名のもとで、多くの負担が国民に強いられようとしています。そして医療、年金などが最重要課題となってきています。
医療においては、日本における政治、経済、社会状況を反映して、医師不足、地域医療崩壊、医療事故・医事紛争などの多くの社会的問題があります。
これらの状況のなかで丑年にちなんで、あわてず、焦らず、あきらめずに一歩ずつ歩んで参りたいものです。
ところで、アレルギー領域における心身相関の最近の研究をご紹介致します。
喘息に対する心理的因子の関与については古くより記載があり、すでに2000年余りも前にヒポクラテスは、喘息発作の出現に怒りや敵意などの感情が関与しうることを指摘していました。近年、脳神経科学,神経免疫学の進歩によって精神,神経,内分泌,免疫系が、共通の情報伝達物質を介して互いに綿密なネットワークを形成していることが明らかになり、これらの相互関係を研究する、「精神神経免疫学(PNI: psychoneuroimmunology)」という学問領域が発展してきました。
1.視床下部−下垂体−副腎軸反応低下
生体にストレスが加わると、内分泌系では視床下部−下垂体−副腎軸(HPA axis: hypothalamus-pituitary-adrenal axis)が活性化することは良く知られています。この結果、視床下部より副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH: corticotropin releasing hormone)が下垂体へ送られ、下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH: adrenocorticotropic hormone)の分泌が亢進し、ACTHによって刺激を受けた副腎は副腎皮質ホルモンを放出します。副腎皮質ホルモンは、糖新生を促進し、免疫系を抑制します。
ストレス状況では、血糖値の上昇,リンパ球や好酸球の減少が生じ、ストレッサーが長期に作用すると、胸腺の萎縮や副腎肥大が認められるようになります。近年、ストレスによるアレルギー増悪に関する作用機序の研究が進められ、HPA axis反応低下が大きく関わっていることが示唆されています。例えば、非アレルギーのコントロール群にくらべ、アレルギー群ではストレスによるコルチゾール上昇が減弱していることが多くの研究で明らかにされており、グルココルチコイドの抗炎症効果が低下するため、ストレス下にあるアレルギー患者では炎症が増悪しやすいと考えられます。
これに関連し、私たちは、卵白アルブミン(OVA)感作マウスを用い、幼少期の心理的ストレスによる成長後の喘息への影響について検討しました。実験では、3週齢、雄のBalb/cマウスを用い、3〜4週齢の1週間、週に3回、コミニュケーション・ボックスを用いて心理的ストレスを負荷しました。その後、8週と10週齢時にOVA含有酸化アルミニウムを腹腔内投与し抗原感作させ、11週齢時に3日間連続してOVAを気道暴露し、喘息を誘発させました。喘息の重症度は、気道炎症(肺胞洗浄液中の総単核球数、好酸球数、サイトカイン濃度)と気道過敏性(Whole-body plethysmography)により評価しました。その結果、コントロール群に較べ、ストレス群では肺胞洗浄液内の総単核球数、好酸球数、IL-5レベル、気道過敏性の有意な上昇がみられました。さらに、OVA 気道暴露時のコルチコステロン上昇がストレス群では有意に弱く、このストレスによる気道炎症と気道過敏性の増悪がコルチコイド受容体拮抗剤のOVA気道暴露前投与により完全に消失しました。
このように、喘息マウスモデルにおいて、幼少期の心理的ストレスが成長後の喘息を増悪させることが明らかになり、その増悪機序として抗原暴露時の視床下部−下垂体−副腎軸反応の低下が示唆されました。
2.グルココルチコイド、カテコラミンによるTh1/Th2バランスの制御
慢性的にグルココルチコイドに暴露された場合、ヘルパーT細胞(Th)Th1/Th2バランスがTh2優位に傾き、アレルギーが悪化する可能性があります。これは、副腎髄質および末梢神経末端から分泌されるカテコラミン(ノルエピネフリン、エピネフリン)にも当てはまります。つまり,ストレス暴露時に上昇するグルココルチコイドとカテコラミンは,それぞれグルココルチコイドレセプターとβ2アドレノセプターを介して,抗原提示細胞でのインターロイキン(IL: interleukin)-12の産生を抑制するが,一方IL-10の産生は増強することが示されています。IL-12はTh1タイプのサイトカインであり、 IL-10はTh2タイプのサイトカインです。すなわちストレス刺激は,細胞性免疫をコントロールするTh1反応を強く抑制することにより,アレルギー反応を促進するTh2反応へ傾いた免疫状態を引き起こすというものです。
3.CRH−肥満細胞−ヒスタミン軸
副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)は、中枢側だけでなく,末梢側の脊髄の後角,交感神経節,あるいは免疫細胞自体から放出され,ストレス時の免疫反応に関わっていることが明らかになってきました。肥満細胞はCRHレセプタータイプ1を有しており,それを介してCRHが肥満細胞からのヒスタミンの放出を促進することが分かっています。これらのことからストレス時に末梢CRHが上昇し,肥満細胞を直接的に刺激しヒスタミン放出させ,アレルギー反応を増悪させるという機序(CRH−肥満細胞−ヒスタミン軸)が想定されます。また肥満細胞から放出されるヒスタミン自体にもH2レセプターを介しTh2反応を促進する作用があり,アレルギー反応の増幅装置として働いている可能性が示唆されています。
4.神経線維と肥満細胞の連絡
近年の神経科学の進歩により,粘膜型肥満細胞と知覚神経末端に密接な連絡があることが組織化学的,電顕的に証明されています。またサブスタンスP,ニューロキニンAおよびBのタキキニンをもつ神経線維が肥満細胞と接して存在していることが認められています。タキキニンはカプサイシン,ヒスタミン,ブラディキニン,煙草,過換気などが神経線維を刺激することによって遊離されます。
5.アレルギー反応の条件付け
MacQueenらは卵白アルブミン(OA)で能動感作したラットに卵白アルブミンを皮下注射してアナフィラキシー反応を誘発させる際に,音と光の刺激(条件刺激)を与え,この操作を反復した後に,条件刺激のみを与えると腸や肺の粘膜型肥満細胞に特異的な酵素である肥満細胞特異酵素(Rat mast cell protease・)の上昇を誘導できることを報告しています。これらのことは,抗原刺激なしに条件刺激のみでヒスタミン遊離が引き起こされたことを示唆し,肥満細胞と神経系の密接な連がりがあることを支持する成績です。
おわりに
ストレスがアレルギー疾患増悪に作用することは明らかであり,脳とアレルギー反応を結ぶ詳細な作用機序についても,最新の基礎的研究から解明されてきています。したがって、近年の各種アレルギー疾患治療ガイドラインにも取り上げられているように,アレルギー疾患の治療においては,ストレスに十分配慮する必要があります。