K・Kニュース vol.2(2002年6月号)


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アレルギー疾患発症予防の戦略

昭和大学医学部
小児科 教授 飯倉 洋治
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1.はじめに
 医学の分野における21世紀は「オーダーメード療法」と言われるように、遺伝子の解析が急速に進歩し、気管支喘息に関連する責任遺伝子が10数種類報告され、そのたびに我々はこれで重要な病気をコントロールする遺伝子が見つかったのかと、興奮しその報告をワクワクして読むのが実際である。しかし、幾つもの遺伝子多型が関連すると報告されていることは、特定の一つの遺伝子で気管支喘息が起こってくるのではなく、特定の背景を持っている人に生活環境条件が関係して喘息の発症が起こると考える方が無理がない。このように最近の進歩を考えながらアレルギー疾患発症予防を考えると、多くの疫学調査で、段々とアレルギー体質を持った人は増加していることから、近い将来本邦のアレルギー疾患者は確実に増加すると言える。このような本邦の社会背景を考えながら、アレルギー疾患発症予防を検討してみることも重要と言える。

2.妊婦へのアプローチ
 子どものアレルギー疾患を予防するのに昔は冗談に「アレルギー疾患を持つこどもの親に、アレルギーの無い人と結婚させるべき」と、話していた。その根拠は両親がアレルギー疾患を持つと子どものアレルギー疾患出現率が75%前後と高く、母親がアレルギー疾患の場合は、父親がアレルギー疾患の場合より児のアレルギー疾患出現率が高いのである。そして、我々の研究では母親がタバコを吸っている(Table1.)、また母親が仕事をしている場合の児は、2歳児での調査でアレルギー疾患の発症が有意に高かった。このことは、母親にアレルギー疾患がある時は、早く母親のアレルギー疾患をコントロールし、更に母親の生活環境を整える指導をすることが重要であり、このことは我々が指導可能なことである。

 実際母親を IgE が高い群と低い群に分け、臍帯血中のダニ、卵、牛乳、大豆の特異的 IgG 抗体を測定したところ、母親の IgE が高い群の児のダニ、卵、牛乳の特異的 IgG 抗体は母親の IgE が低い群に比べ有意に高かった。このことは、母親の体質を早く治療し、食生活も極端に偏った食べ方をしないことが重要との根拠になり、日常指導に使える結果と言える。

 この研究を更に進め、母親に食事制限をした群としない群で児のアレルギー疾患発症を検討した結果、母親が食事制限をしても、生活環境が汚い場合はアレルギー発症が予防できなかったことをアレルギー学会誌に報告している(Fig.1.)。このことは、いたずらに母親が食事制限をするのではなく、環境をきちっとしておくことが非常に重要なアレルギー発症予防の原則である。

3.腸内細菌叢からみたアレルギー発症予防

 アレルギー疾患を有する乳児と健康乳児の糞便中の細菌叢を比較すると、アレルギー疾患を持つ児の糞便中にラクトバチスル等の、生体にプラス働く菌の出現が少なく、大腸菌の出現が健康児より多かった。このことは、乳幼児期の腸内細菌叢に眼を向けてみることもアレルギー発症予防に重要で、かつ実行できそうなことである。実際、食物アレルギーモデルマウスを作成し、腸内細菌叢の中でも生体にプラスに働く菌から産生される有機酸を増やす物質としてフラクトオリゴ糖が考えられることから、これをモデルマウスに投与し、便中の酪酸を測定したところ、オリゴ糖を投与した群は有意に高かった。このことは、日常診療の中で、アレルギー予防にオリゴ糖等を使用しておくことも重要ではないかと言える。

 また、筆者らは抗生物質投与後に発症した食物アレルギー患者さんにビオフェルミンを投与し、便中のTNFα、RAST値を指標にしながら臨床症状をみていくと、3ケ月後にアレルギー症状が治まり、検査結果も陰性になってきた。このようなことから、アレルギー発症予防に腸内細菌叢も関与する点を取り入れる対応が望まれる。

4.生活環境調整

 この場合も色々なことに言及すべきであるが、今回は食と生活環境に注目してみる。厚生労働省の平成12年の即時型食物アレルギーの原因調査報告で、一番は卵、二番が牛乳、三番が小麦であった。この報告までは約50年間の本邦における3大アレルゲンは卵、牛乳、大豆であった。この大豆に変わり小麦がでてきたのは正に食生活環境の変化で、最近の輸入食品の急増を考えると、今後どのように対応すべきか重要な問題と言える。一つ言えることは、日本人は米と野菜と、新鮮な野菜を摂取していた人種で、この基本を見直すことは決して無駄ではないと言える。

 次に生活の住環境問題である。湿気の多い本邦に鉄筋コンクリートの住宅が急増し、従来の疾患と異なる経過をとる人、シックハウス症候群等の新しい疾患に悩まされる人が非常に増えてきた。

 特に前者の問題は、喘息治療を行っていて、鉄筋1階の患者さんは治療に抵抗性があり、治りが悪い印象が強い。特に絨毯を使用している家庭ではその傾向が大である。このことは30年前は余り感じなかった事実で、最近は患者さんの生活環境に非常に注意を払っている。

 更に、問題は家の中にペットを飼っている人が急増していることである。本邦の狭い、湿気の家でのペットは如何がなものかな非常に重要な問題になってきた。

5.薬の利用によるアレルギー予防

 薬以外でもアレルギー発症予防につながることは十分配慮し、それでも症状がある時には薬の力を借りることは大切である。3歳以下のアトピー性皮膚炎患者さんに坑アレルギー薬を1年間服用いてもらい、薬を服用しない群と1年後にどっちが気管支喘息になる人が多いか比較したところ、薬を使った群は非常に高率に気管支喘息への移行を予防した。また、アレルギー症状が強い時には当然薬を使用するが、症状の軽い時の適切な薬の使用が最も重要と言える。この問題は今後の重要な対応の前進といえる。

6.低アレルゲン性食品の開発

 今後の新しい試みであり、現にこの分野の研究も段々と進んでいる。また既に低アレルゲン性米、等が市販されている。

 


 

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