K・Kニュース vol.9(2006年1月号)


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気管支喘息の研究報告と展望

熊本大学大学院医学薬学研究部
呼吸器病態学分野教授  興 梠 博 次
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 私は今日まで、共同研究者と共に、主に喘息および咳嗽に関する研究を継続してきた。したがって、気道平滑筋の収縮・弛緩機構、気道の神経、化学伝達物質、炎症細胞の遊走機構、リンパ球に関する研究が主なものとなっている。今日までの研究内容と今後の展望について述べさせていただく。

 【喘息とロイコトリエン】
 気道平滑筋の収縮は喘息の病態の一つである。私たちは気管支組織を使用しアレルギー反応にて気道収縮を誘発するex vivoシステムを開発し、その収縮がロイコトリエン拮抗薬で抑制される事を発見した。また、ロイコトリエン拮抗薬は重症喘息にも有効で長期に有効性が持続することを確認した。現在、ロイコトリエン拮抗薬は喘息の治療薬として、ステロイド吸入薬、長時間作用型β2刺激薬吸入剤とならびガイドラインにて推奨されている。
喘息発症の原因となる化学伝達物質として確認されているものはロイコトリエンのみですが、アレルギー反応による気道収縮においてロイコトリエン拮抗薬で抑制できない因子を確認しているのでこれらの物質を同定し、ブロックをすることにより治療の可能性があると考えている。

 【喘息と接着分子】
 
喘息は慢性の好酸球・リンパ球・肥満細胞・好塩基球等による炎症であることから、この炎症を制御することを目的に接着分子の発現機構を検討した。その結果、気道のアレルギーにおいて肥満細胞から遊離されたサイトカイン(IL-1β、TNF-α)が血管内皮を刺激してICAM-1、VCAM-1、E-selectin等の接着分子が発現し、アレルギー反応により好酸球やリンパ球の遊走の準備がなされることを確認した。
これらの接着分子の発現を血管内皮レベルあるいは炎症細胞レベルにてコントロールすることによりアレルギー性炎症の制御ができると予測される。

 【喘息患者リンパ球の気道組織へのホーミング機能】
 
アトピー型喘息患者の末梢血リンパ球が気道組織に移行しやすい特徴をもつこと(ホーミング機能)を確認した(図)。これらの研究を発展させ、ホーミングレセプターの制御によって気道組織へのリンパ球や好酸球の遊走を阻止することにより新しい治療の可能性が開けると考えている。

 【気道疾患と神経ペプチド・サブスタンスP】
 
モルモットの気道においては、神経ペプチドの一つであるサブスタンスPが咳を誘発することや、アレルギー反応によりサブスタンスPが遊離されることを確認することができた。モルモット気管支には人と比較して多量の神経ペプチドが存在するが、人の気道組織では神経ペプチドの分泌量が明確ではない。しかし、小児喘息の特殊性には神経因子も予測されるために神経ペプチドの疾患への関与について検討が必要と考えられる。

 【研究の展望】
 
今後は、アレルギーの根治療法の研究が必要である。アレルギーは基本的に遺伝子と環境因子によって引き起こされることから、トレランスを誘導するか環境因子の解決が必要である。また、アレルギーが引き起こされる臓器が各個人で異なる現象やアレルギーマーチの機序を解明することによりアレルギー疾患をコントロールできると考えられる。
これらの視点から、今日までの研究を発展させながらアレルギー疾患の新しい治療法の開発に挑戦していく所存である。

図の説明
 喘息患者の末梢単核球細胞を免疫不全マウス移注し、そのマウスにあらかじめ移植していたヒト気管支xenograft内の粘膜固有層内に遊走したTリンパ球数を検討した。ヒトCD4およびCD8陽性細胞は、喘息患者群で有意に増加しており、喘息患者のTリンパ球のホーミング機能が確認された。


高張食塩水吸入誘発喀痰による気道炎症の評価


(独)国立病院機構福岡病院 臨床研究部長  下 田 照 文
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 気管支喘息の病態の本態は気道炎症であり、それに伴い気道のリモデリング、気道過敏性の亢進、気流制限が起こり喘息症状をきたすと考えられている。したがって、気管支喘息の病態を探る上で気道炎症を評価することは重要であり、その手段として、気管支鏡検査が喘息患者にも施行されるようになり喘息の病態解明が飛躍的に進歩した。

しかし、喘息患者に気管支鏡を繰り返し行うことは困難である。一方、高張食塩水吸入による誘発喀痰検査は容易に安全に繰り返し施行でき、喀痰中の細胞分画と上清を測定することにより気道の炎症の評価に優れている。

 喘息患者の喀痰検査に関しては、1872年Leydenが喘息患者の喀痰中にシャルコライデン結晶が認められると報告している。
その後、1889年Gollashが喘息患者の喀痰中に好酸球が多数認められる。
1983年Baigelmanが喘息の増悪時に喀痰中好酸球が増加しステロイド治療により減少する。
1989〜1992年GibsonとPinが喀痰誘発方法として高張食塩水の濃度を順次上昇させる方法が安全で採取率が高く、喀痰中の好酸球増多が喘息患者の鑑別に有用であると報告している。

 自然喀出痰、高張食塩水吸入誘発喀痰、BAL液および気管支洗浄液の比較では以下の点が指摘されている。

1.

自然喀出痰は、侵襲がなく繰り返し検査が可能であるが、検体量や質が不安定で細胞変性が多い。

2.

高張食塩水誘発喀痰は、好酸球比率の測定に優れている。また、メディエータ濃度や好酸球比率が洗浄液に比して高い。一方、食塩水濃度によっては悪心、嘔吐などの副作用や喘息発作を誘発しうる。気道全体からの検体である。

3.

BAL液と気管支洗浄液は、安定した検体が得られる。しかし、侵襲があり繰り返し検査が困難である。末梢気道からの成分が主体である。

我々は、気管支喘息の病態の評価のために、高張食塩水吸入誘発喀痰検査を行っている。高張食塩水吸入誘発喀痰検査は、3〜5%の高張食塩水を超音波ネブライザーを用いて被験者に吸入させ採取した喀痰であり、ジチオトレイトールにより溶解、遠心分離し、その上清や細胞を検体として評価する。
最近では、細胞成分分画の変化や上清成分中のサイトカインや化学伝達物質の測定のみならず、それらの物質の産生細胞を評価する目的で、細胞分画の免疫染色を行うようになってきている。

高張食塩水吸入誘発喀痰細胞のギムザ染色にて末梢血液と同じように細胞成分の分画が明瞭に判別可能である(図1)。
また、我々の検討では、軽症間欠型喘息(ステップ1)の患者でも、無治療では、気道炎症と気道過敏性の亢進が認められることがわかっている(図2)。

 このように、高張食塩水吸入により誘発喀痰を採取し、喀痰の細胞成分と上清成分を解析することにより気道炎症が評価できる。さらに、誘発喀痰中の好酸球比率、ECP、サイトカインを検討し、気道炎症の程度と気道過敏性亢進との相関を検討することが可能である。
気管支喘息の病態の評価には高張食塩水吸入誘発喀痰は極めて有用性が高いものと思われる。

図1:細胞分画(細胞400個観察)

ギムザ染色10×40倍


図2:気道炎症と気道過敏性(軽症間欠型喘息;ステップ1)

参考文献

1.

Obase Y, Shimoda T, Mitsuta K et al.: Correlation between airway hyperresponsiveness and airway inflammation in a young adult population: eosinophil, ECP, and cytokine levels in induced sputum.Ann Allergy Asthma Immunol.
86:304-310,2001.

2.

Pin I,Radford S, kolendowicz R et al.: Airway inflammation in symptomatic and asymptomatic children with methacholine hyperresponsiveness. Eur. Respir. J. 6: 1249-1256,1993.

3.

Shimoda T, Obase Y, Matsuse H, et al: a study of the usefulness anti-inflammatory treatment for mild intermittent asthma(step1): Budesonide vs montelukast. Allergology International 54:123-130, 2005.


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